日曜日の礼拝後、私の考えがガラリと変わる証をきく事ができました。

証をしてくれた方の奥さまは、病で思うように動けない日があるとのこと。夫であるその方が、仕事をしながら、日々の家事もフォローして、奥さまを支えているようです。平日に教会でひとりで祈る姿をよく拝見しますが、会うといつも、幸せそうに微笑んでくれる優しい信仰の先輩です。

その方が、サラリとこんなお話をしてくれました。体調が悪い時が多い奥さま。「でも、その日は少し体調が良く、朝、ゆっくりだけど洗濯物を干す事ができた。で、彼女はそういう時「今日は洗濯物を干す事ができた!」と喜んで神さまに感謝するんだよ。でも、たたむのは私なんだけどね…笑」と。

冗談まじりに嬉しそうに話す姿に、ご夫婦から愛を感じ感動したのと、大切な事をその短い会話から教えられた気がしました。

次の日の朝、家族のお弁当を作っている時に、不思議な感覚になりました。(あぁ…朝、起きる事ができて、お弁当を必要としてくれる人がいて、材料もあって、作る場所も与えられてる。毎日、こんなふうにお弁当を作れる事って凄い事だよなぁ…)と。そして、朝起きてから、できた事を数えてみました。

当たり前に過ごしている事、めんどくさいな…と感じていたこと、体調が悪く寝ている時でさえ、神さまからの恵みは私に充分注がれていると思った時、ありふれた日常が本当に素晴らしく感謝な事なんだと気付きました。

『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。』  Ⅰテサロニケ 5.16〜18