クリスチャンになって、神さまの愛を知ると、「神さまから受けた愛を、他の人にも流したい!私も神さまのお役に立ちたい!」そんな気持ちになってきました。

私には、何ができるんだろう?私は、人を喜ばせるほどの力もないし、気もきかない。いつも、みんなから愛をもらってばっかりだ。

でもある日、信仰の先輩方から意外な言葉をいただきました。教会主催の合唱「さえずり会」で、母と一緒に参加していましたが、母がその日、体調が悪く病院に行く為、お休みする事になりました。病院に付き添いながら、「楽しみにしていたのに、さぞ行きたかっただろうな…残念だろうな…」と思っていたら、スタッフがラインで「さえずり会」の様子をライブ配信してくださいました。待合室で携帯とイヤホンを渡し、母と一緒にその様子を見ていると、元気のなかった母がたちまち明るい顔になっていきました。「あぁ、この歌懐かしいわー」と、待合室で楽しむ母。笑顔を見て、一安心。

会が終了し、スタッフがご年配の方たちとお話しされている姿を携帯越しで見ていると、まるでイエスさまが、ひとりひとりに寄り添っているみたいに見えてきました。そして病院にいる母と私にも、イエスさまが見捨てずに寄り添ってくれているような感覚になりました。

その後、帰宅してから、スタッフにお礼のラインを送ると、予想もしていなかった事を言われたんです。

「○○ちゃん(私)、今日、神さまの愛を実践していましたね。共に、キリストの身体として用いられていた事、感謝ですね」

そして帰り際、母からもこんな言葉をもらいました。「あんたがいて、良かった。元気がなかったけど、気持ちが晴れてきたわ。」

私は(今日も愛をもらってばかりだな…)と、思っていたので驚きました。神さまが、こんな私を使ってくれていたんだ!病院で配信を一緒に見ること。それは、私にしか出来ないことだった!!その時、さらに胸が熱くなり感謝が溢れてきました。

私の日常は、主婦と少しのパート仕事。その何気ない日常にも、神の恵みが溢れている。愛と感謝を持って、与えられた事を誠実に仕えようと思いました。そうすれば、きっと「神の愛」は神さまご自身が流してくださるんだな…と、思いました。

「小さな事に忠実な人は、大きな事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。」ルカ16.10