以前、証礼拝でこのような証をしてくれた方がいました。

「散歩中、目の前に厄介そうなゴミが落ちていた。ゴミ捨て場に捨てに行こうか迷ったけれど、その時、何もせず通り過ぎてしまった。次の日、気になりながら同じ場所を通ったらゴミは無くなっており、ちゃんとゴミ置き場に捨てられていた。他の人が捨ててくれたんだな…と感謝の思いもあったけれど、昨日の自分の行動にガッカリしてしまった。」という内容でした。

先日、私の目の前にもゴミが落ちていました。この証を聞いてから、ゴミに出くわすのは3回目💦今回はアイスの袋でした。前回は、コンビニの袋の中に空のお弁当箱、前々回はタバコの吸い殻。心の中は(う…嫌なものを見てしまった…。拾った方がいいよね…。)少しだけ悩む。でも、さっきの証を思い出す。いや…拾おう!!

私たちは、神さまから選択する自由が与えられています。それは、日々の生活にいつもあります。行動だけではなく、発する言葉や相手に対する態度、心の思いさえも私たちは自分で選択していかなければなりません。

どっちが神さまから喜ばれる?神さまは、どのように私に望んでいる?

神さまが悲しまれる事を選択しないようにしたいな…と思います。迷った時や苦しい時には、神さまと相談しながら。また、思わず出てしまった言葉、誤った行動をしてしまった時は、神さまに「ごめんなさい。」と、素直に言えるようになりたい。きっと神さまは「そうか、そうか、分かってくれたんだね」と、それさえも用いて、軌道修正してくれるんじゃないかな…と思います😊

「あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。そのためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。」 エペソ5.8-10